kim-yh’s diary(学問のふくろう)

研究や、日々の思考を文字化しています。

山田洋次監督の言葉(news zero)

平成27.12.12.「news zero] 好きなニュース番組の一つ

 

山田洋次監督のすばらしい言葉 → 今の若者に伝えたいこと

 

「異なることへの寛容の心」

 

本日の引用②

「日本は過去にアジアの民族を馬鹿にしたときがあった。韓国や中国の人たちを蔑視し、差別意識の上に戦争が起こった」

「現在起きているフランスなどでのテロなども結局、他民族に対する寛容という心が欠けていることから起因したことである。」

異なる人間に対する「寛容」のこことは何よりも大事である。

 

「英雄が悪い人間を処罰するなどの映画は作りたくない。むしろ人間というものがいかに愚かな存在であるかを笑える、そしてそこから自ら何かが認識できるそういう映画を今までも、これからも作りたい。」ーーー

***あなたも私もみんな同じ愚かな人間だからこそ寛容の心が生まれる。そしてお互いに理解し、許すことができる。受け入れることができる。・・・こういう意味かな?

 

私の感想:

韓国で、中国で有名な「幸福の黄色しハンカチ」、「男はつらいよ」、「遙かなる山の呼び声」の映画の監督がこの方とは・・・驚いた。監督自身の人生の哲学的な、はっきりした伝えたいことがすべての作品に貫通している。

 

小さい時に、たくさんの良い映画、良い文学作品に触れて本当に今になって、親と自分自身に感謝する。当時は娯楽というのがなかったので、唯一の楽しみが映画館で家族揃って外食して映画みて、家ではあれこれ選ばず本と活字になっているものを読みまくったことである。父が読んでいた『水滸伝』も。映画を見ることが学校でも、家庭でも一大行事となり、何日前からわくわくしながら待ちかねていた記憶がある。今考えると未成年者禁止の映画も多かったが、大きくなってその映画はいずれも不朽の名作ばかりだったことには驚いた。欧米、日本の作品を含めて。

父が軍人で、公務員で地元では裕福な家庭だったので、当時としては贅沢なことがたくさんできた。自分が親になって、親への感謝の気持ちが年月がたてばたつほど増していく、しかもその感謝の気持ちは毎日何かの契機で、また違う角度から噛み締めながら進化していく。

 

過去の言葉での引用②

少年時代に、満州中国東北部)で日本人が中国人を抑圧する様子を見た山田監督は「アジアの人に迷惑をかけ、謝罪することがどうして悪いのか」と述べ、過去の戦争を反省することを「自虐史観」と攻撃する勢力を批判。国の意に沿わない人たちが「アカ」「非国民」という言葉で犯罪者扱いされたことを「人を乱暴にくくるやり方は間違い。ぞっとする言葉が平気で使われる時代に絶対にしてはいけない」と強調した。