kim-yh’s diary(学問のふくろう)

研究や、日々の思考を文字化しています。

講義内容「「経済の発展と政治のアンバランス及び格差問題」

中国政府が共産党の一党体制を今後どれぐらい維持できるか、キーワードの一つとなるのが格差問題の是正にある。都市と農村の格差、内陸と沿海地域の格差、少数民族との格差である。本日の講義ではその中でも都市と農村の格差について語りたい。

 

1.都市と農村の格差(中国農民はなぜ貧しいか?→現代流民、即ち農民工の大量の移動、留守児童、流動児童の根本的な原因となる農村の貧困問題)

 

中国は「農民国家」である。かつて農民の力を借りて政権を手にいれた共産党政権は「農民大国」の限界に突き当たっている。現在も総人口14億のなか、9億が農村人口、5億が都市人口である。

 

①中国の戸籍制度

まず、中国の戸籍制度から理解する必要がある。中国の戸籍は都市戸籍農村戸籍に別れている。これは1949年中華人民共和国の成立以来導入された制度で、中国の戸籍(戸口)制度の最大の特徴は住民の管理と、都市と農村の人口移動、とくに農村から都市への流入を厳しく制限することにある。戸席登記条例第一〇条二は「公民が農村から都市に移転するときは、必ず都市労働部門の採用証明、学校の合格証明または都市戸籍登録機関の転入許可証明を持参し、常住地の戸籍登記機関に転出手続きを申請しなければならない」と定めているから、農民による都市部への移住は、都市での就職・大学入学や軍への入隊など以外に原則的に不可能である。

こうした戸籍制度による統制によって、中国では農村と都市という二つの異なった世界が人為的に作り出されている。経済的格差はもとより、福祉や公共サービスなどの面においても都市と農村のあいだに大きな格差が設けられてきた。とくに計画経済時代においては、国有企業労働者・幹部・知識人などを主体とする都市住民は給与や定年後の年金を保障され、医療・教育・育児などの手厚い杜会保障を与えられてきたのに対し、農民にはそれらの保障がわずかしかなかった。戸籍制度の実施によって中国国民は特権を享受する都市住民と犠牲を強いられる農村住民という二大階層に分けられてきたといえる。胡鞍鋼博士が本書の「序文」において指摘している「一つの中国に二つの社会制度」とは、まさにこのような状況を的確に表す国情分析である。

 

 

②経済発展と格差

 

では、戸籍制度があるから農村地域が貧しいか、などといっているようでは問題の本質を見失う。根本的な原因は経済発展にある。開発途上国において経済が発展するということは、農業主体の社会から工業やサービスが主体の社会に変わることを意味する。経済発展に伴い農業部門が発展するなどということはありえない。確かに農業も少し成長する。だが、その速度は非農業部門に比べたとき圧倒的に遅い。従って、経済発展が始まると農業部門と日農業部門の格差が急速に広がる。このことは日本でも生じた。経済発展に伴い農民が貧困化した。前から戦戦後の高度成長期(1970年代まで)に顕著となり、主に東北地方や北陸・信越地方などの寒冷地方の農民が、冬季などの農閑期に首都圏をはじめとする都市部の建設現場などに働き口を求めて出稼ぎに行くことが多かった。出稼労働者の所得確保の一方で、高度成長に伴う旺盛な需要により労働者不足に悩む都市部への重要な供給源となった。ただ、日本は都市で稼いだお金を地方交付税として農村に回し、また農業に対して多額の補助金を支払い、かつ無駄な公共事業を地方でたくさん行うことによって農村部にお金を落とし続けてきた。その結果、格差が許容できないほどにまで広がることはなかった。しかし、それほど多額のお金を回しても、農村が豊かになることはなかった。しかし、それほど多額のお金を回しても、農村が豊かになることがなかった。それが地方の疲弊の根本原因である。

さらに、1978年に「開放改革」路線に転じると急速な成長をはじめた。しかい、その家庭で日本のように都市が稼いだお金を農民に配ることはなかった。奇跡な成長は、国民の大多数を占める農民を切り捨てることによって成り立っていた。その結果、農業では食べていけなくなった。移動制限のある戸籍制度があるにもかかわらず、農村の若者が職を求めて都市に流入している。これが「現代流民」である。

 

 

③大量の国内移動:農民工

 

現在、実際中国の都市人口は6億7000千万人とされるが、その中の約2億人以上は都市に住みながらも農民戸籍のままである。改革・開放政策のもとで人口の移動が激しくなるのにしたがって、戸籍制度による管理が徐々に困難となってきた。とくに急速な産業化によって、都市や経済特別区などでの労働力需要に応じて数千万人の農村剰余労働力が集団的に都市部に流入しはじめた。都市部も大量の安い労働力を必要としているから、その流入を認めざるをえない。彼らの一部に都市戸籍を与えたり、就労のための臨時戸籍を設けたりする場合もあるが、戸籍を与えられぬまま都市に定住して働く者が圧倒的に多い。しかしながら、戸籍を持たないまま都市に定住していると、彼らは医療や子供の教育などの面で、都市住民の享受できる公共サービスから排除されるだけでなく、就職・賃金・労働条件などの面でも差別を受けやすい弱い立場に立たされる。このような排除と差別がまた、農村住民の都市移転と都市部での就業を妨げる大きな阻害要因となっているのはいうまでもないことである。

農民の流入により都市は急速に膨張し、それに伴い都市の地価が急騰している。北京や上海では東京よりも不動産が高い。そのためにたとえ戸籍制度がなくとも、農民が一家を挙げて都市に移動することなどではできない。発展があまりにも急であったため、都市と農村の教育水準の平準化が進まなかったことも、格差の是正をいっそう難しくしている。多くの農民は高卒以下の学歴であり、都市に出ても農民工などの単純労働に従事するしかない。農民工の給料は中国政府の賃上げ対策によって現在はつき3万円程度である。しかし、この賃上げは外資系の企業が中国から東南アジアへ移動する原因となっている。コストの上昇によるものだ。

中国の幹部の汚職や腐敗が格差社会を作り出す要因のひとつではあるが、それが根本原因ではない。

膨大な農民人口を抱える国が急速に経済発展し、日本のような手厚い農民保護をしてこなかったことが格差社会を作り出した最大の原因である。

 

 

農民工からの連鎖問題と政治のアンバランス

 

農民工の大量の流入は送出地域と受入地域にも影響を与えた。農民工の出稼ぎは現実上家族の同伴が難しいために、多くの出稼ぎ者たちは子どもを地元に残して夫婦揃って都会に出ることが多い。農村地域には大量の「留守児童」が発生し、残された子どもたちの人権問題、教育問題、生活問題、自殺問題、不登校心理的なケアなど大きく取り上げられ社会的問題として浮上している。一方で、子どもをつれて都会に出ていても戸籍と経済的なことで学校に行けずに工事現場や出稼ぎ者の密集地域で路上で生活する「流動児童」の問題も同時に発生している。現在、留守児童約6千万人、流動児童は焼く4千万人と推定される。これほどの数の出稼ぎ者の子どもたちはまともな教育も受けず学力がないため成長して大人になっても親の出稼ぎの前轍を踏むなど第二、第三の農民工の後備軍となり、出稼ぎが世襲される事態となる。更なる格差、下層の固定化につながるのだ。

 

都会で貧富の格差を目の当たりにした農民工は一つの巨大な集団となって、不満の声も高まっている。中国政府としては何かの導火線さえあれば一触即発の爆弾を抱えているのと同じである。農民工の増加と流入は政治と社会の不安定を招き中国の成長を妨げているのである。実際、中国で何かの暴動が起きたときには後から加担するもののなかにはこうした農民工の出身者がかなり多数参加しているとのことである。

 

政治的な側面からみると、日本が農村にお金を落とすことができたのは、農村表という選挙制度による。農村をバックにした国会議員の活躍によっている。しかし、中国のように農村意見が中央への反映の道が閉ざされている場合は経済成長は国民全体の成長ではなく、一部の人のための裕福さということになってしまう。

経済改革は行っても、制約のある政治改革しか行っていない。多様な民衆の集団の(特に農村地域)相違な利益を吸収し、調整できる政治機構の不在はフィードバックによる民衆の意見を政治に反映できる組織体制が不在であることを意味する。政治と経済のバランスがとれない。その結果、下からの民主化運動による政治改革が起きる。換言すれば歴史上の民衆の蜂起と同じようなもので、政府の立場から言えば暴動ということになる。

すでに中国では流民ネットワークが形成されていて、共産党に対立している「農民党」と呼ばれている。膨大な数を占める彼ら農民たちがかつて共産党が政権を取ったときと同じく、何かの機会に不満のはけ口として政府に的を向け暴動を起こし、共産党態勢が崩れるというシナリオは理論的には十分かのうである。

ただ、実際どうなのかというと中国特有の政治文化の下ではそれは難しいのではと思われる。儒教の文化、家父長の思想の影響したで自ら親を選択きないのと同様、自らリーダーを選択するという発想は今の国民性や意識水準のままでは到底もてないであろう。

 

ただ代歴王朝の盛衰をみていると、今現在の中国共産党政権はどんな形でもかまわないが、民主主義の政治改革を行わない限り、共産党政権が崩れるのは時間の問題であり、現代史の連続だということは間違いない。

 

*イタリアの哲学者クローチェ曰く:「すべての歴史は現代史である」(理解①歴史の繰り返しであり、過去を見て現在の歴史を推定できる。理解②過去の歴史の積み重ねが現在の歴史につながる)

 

参考文献:石平 拓殖大学中国専門家(著書など)

川島博之 「「農民国家」中国の限界格差はもはや是正不可能、政治の不安定化は必死」2013.6.10

山田洋次監督の言葉(news zero)

平成27.12.12.「news zero] 好きなニュース番組の一つ

 

山田洋次監督のすばらしい言葉 → 今の若者に伝えたいこと

 

「異なることへの寛容の心」

 

本日の引用②

「日本は過去にアジアの民族を馬鹿にしたときがあった。韓国や中国の人たちを蔑視し、差別意識の上に戦争が起こった」

「現在起きているフランスなどでのテロなども結局、他民族に対する寛容という心が欠けていることから起因したことである。」

異なる人間に対する「寛容」のこことは何よりも大事である。

 

「英雄が悪い人間を処罰するなどの映画は作りたくない。むしろ人間というものがいかに愚かな存在であるかを笑える、そしてそこから自ら何かが認識できるそういう映画を今までも、これからも作りたい。」ーーー

***あなたも私もみんな同じ愚かな人間だからこそ寛容の心が生まれる。そしてお互いに理解し、許すことができる。受け入れることができる。・・・こういう意味かな?

 

私の感想:

韓国で、中国で有名な「幸福の黄色しハンカチ」、「男はつらいよ」、「遙かなる山の呼び声」の映画の監督がこの方とは・・・驚いた。監督自身の人生の哲学的な、はっきりした伝えたいことがすべての作品に貫通している。

 

小さい時に、たくさんの良い映画、良い文学作品に触れて本当に今になって、親と自分自身に感謝する。当時は娯楽というのがなかったので、唯一の楽しみが映画館で家族揃って外食して映画みて、家ではあれこれ選ばず本と活字になっているものを読みまくったことである。父が読んでいた『水滸伝』も。映画を見ることが学校でも、家庭でも一大行事となり、何日前からわくわくしながら待ちかねていた記憶がある。今考えると未成年者禁止の映画も多かったが、大きくなってその映画はいずれも不朽の名作ばかりだったことには驚いた。欧米、日本の作品を含めて。

父が軍人で、公務員で地元では裕福な家庭だったので、当時としては贅沢なことがたくさんできた。自分が親になって、親への感謝の気持ちが年月がたてばたつほど増していく、しかもその感謝の気持ちは毎日何かの契機で、また違う角度から噛み締めながら進化していく。

 

過去の言葉での引用②

少年時代に、満州中国東北部)で日本人が中国人を抑圧する様子を見た山田監督は「アジアの人に迷惑をかけ、謝罪することがどうして悪いのか」と述べ、過去の戦争を反省することを「自虐史観」と攻撃する勢力を批判。国の意に沿わない人たちが「アカ」「非国民」という言葉で犯罪者扱いされたことを「人を乱暴にくくるやり方は間違い。ぞっとする言葉が平気で使われる時代に絶対にしてはいけない」と強調した。

東大経済学者の視点からのグローバル化

メモ;グローバル大学の国際化現状と課題(2015.11.27.3pm-6pm.会場:ブルームパーク 丸の内ビル27F シンポジウム)

 

*大学の経営という視点からのシンポだが、時代の流れ、大学の現状がわかり、今時の若者はどうすべきかを考えさせる良い内容が多いので是非参考に。

 

文部科学省は大学の国際競争力を高めるために、重点的に財政支援する「スーパーグローバル大学/高校」を選定し、グローバル人材の育成、世界に通じる研究の後押しに力を入れている。

グローバル大学とは、大学の国際化を促進するために必要な施策は、各校はどのような活動を行っているかについて議論の場を設ける。

 

事例1:東大 大学院経済研究科 金融システム専攻 上田和夫 教授

「東大における金融・経済教育のグローバル化に向けた取り組み」

内容:

Ⅰ。現状

①学問の国際化:経済金融学はそもそも欧米からの輸入学問である。それゆえに英語学術氏への論文投稿の数を増やすこと、教員の50%が海外での学位を獲得しているか、外国人教員であてている。それでも現状としては世界大学ランキングで95位(経済学分野にかぎっての順位?)であり、アジアではシンガポールが一番先を走っている。学部生はほとんど卒業して就職する。院生は他大学からの進学者か、もしくは海外からの留学生が大多数である。しかも、院に進学したといっても途中で英米の博士に進んでいて、優秀な研究者を輩出し、継続的に東大の研究者の質を高めることは難しい。

②教育面での国際化:英語だけの講義も多くなり、ほとんどの教員が要求されるとなんとか英語で授業できる。ゆえに、英語だけの外国人修士も多い。

③研究面での国際化:植田ゼミを例に→金融セミナーを開いているが、年1回必ず海外の金融センターの現場に訪問し(ニューヨーク)、合宿しながら英語と専門分野のスキルを高める。実際アメリカの株式専門会社で株式の運用方式などについて英語で討論会を行ったりするが、学部生の受けるショックは大きい。単に英語だけの問題ではない。死んだ学問、即ち、自分たちの力がこれ程度かというショックを受けて帰ってくる。語学の問題でもなく、専門知識の問題でもない。センスの問題だ。勉強した知識を実際につなげるコミュニケーションのセンスというか、いくら東大でも世界にでたらこれぐらいのレベルにしかならない。つまり、今までの教育全般にかかわる根本的なことが問われる。受入側としても東大生に至大な関心をよせていたが、現実上、討論会もままならぬ、せっかくいろいろ準備したのにそもそも質問自体ができない状況をみて、二回、三回は訪問を受け入れてくれないはずだ。訪問先を選ぶことも本当に「焼け方農業」みたいにすでにほとんど訪問していて、これからどうやって受け入れ先を頼むか悩みである。

帰国してから学部生の意識転換につながり、内向けだった彼らがさらに留学して国際的なセンスを磨くために飛び出すのはセミナーとしては、この意識転換に成果を見出している。現場では失敗して観光並みになってしまうが。

 

Ⅱ 国際化の障害

①教育面では:生きた英語の習得と意識の低さである。学生が国際化の認識、世界で自分がどの位置にあるかを早く悟ってもらいたい。

②研究面では:今の学問は欧米中心になっている。教員の給与が低すぎる。20-30代の研究者で500万円ー700万円、それに比べて欧米は2000万円である。1:2の結果。優秀な研究者はみんな欧米に抜かれる。欧米に留学して、破格的な待遇に日本に再度戻るのは難しい。研究者はつらくて孤独な仕事である。それなりのインセンティブがないと研究も停滞するし、光栄心を高めることもできない。日本が経済的に注目を浴びていたときには、学問も日本が中心となってたくさんの人材が集まったが、今は現状が違う。それなりの評価がないと経済の中心となっている欧米をすてて、日本でがんばりたいという気持ちにならない。少なくとも経済学の分野では。

③事務職員の国際能力欠如。研究や、様々なことで海外の研究者や機関と英文でやり取りすべきことが多いが、教授本人が自分で通訳の仕事もやらなければならない。大学の事務職員の国際化は至急である。単に一人二人の採用では足りない。

*学生も日本一に東大に入って、まあまあの英語をやって、まあまあの企業に入って、家庭を作って、まあまあの安定した生活をすればよい。世界に出て一旗あげて、国を変える、国をリーダーする。気概も、能力もない。まさに国際化の低さである。

 

北京大学の学生さんたちと交流の機会があったが、二つの大学のグループを比べてみても、北京大学の学生たちは、野心=国のために、何か自分の能力を発揮して、何か大きなことを一生懸命にやってみたいというモチベーションが半端ではなかった。気概を感じた。

これは根本的な教育に差があると思えざるをえない。

 

感想:経済学者なのに、「大学の経営」という視点から、大変面白く、現実のデータに基づいて、誰でもわかりやすく、適切な内容で説明してくれて、やはり東大の先生は違うという気がした。質の高い教育は質の高い学生を作る。大変共感できた内容が多かった。

移民2世教育の重要性:NHK9特集 (2016年1月8日)

「フランステロから見る移民2世教育の重要性」

 

現在前指導教授の下で科研の「日本における外国人高校進学

 

将来日本も外国人と一緒に多文化人口構造の中で生活するようになるだろう。

 

16日水曜日NHKニュースwatch9 『テロで揺れるヨーロッパ』は多文化社会、移民社会の入り口に立っている日本や韓国に示唆するものが大きい。

 

201511月パリで起きたテロ事件では、犠牲者の数だけでなく、実行犯がフランスで育ちフランス国籍を持つ移民の若者たちだったことも衝撃であった。事件で多くの人たちが「国を信頼できなくなったと」言うようになった。テロを防げなかったことへの政府への反発は、事件直後よりも強まっていると感じている。

移民の排斥や一部のモスクの閉鎖などを訴える極右政党の「国民戦線」が躍進しているのだ。その勢いは、フランスの将来を担うエリート層にも及んでいる。大統領や閣僚を多く排出した名門校、「パリ政治学院」で法律を学んでいるある青年は大学内で「国民戦線」を支援する団体を設立した。「国民戦線」を支持する最大の理由は、移民問題である。彼は

植民地からだったアフリカなどから多くの移民を受け入れてきたことが治安の悪化につながり、社会の脅威となっていると考えている。

テロが起きたあと、団体を支持する人が笛、学生メンバーの中からも国民戦線の議員として当選した人が4人も出たそうである。彼は「我々の社会に順のし、しっかり働く移民しか必要ありません。フランスの社会から恩恵を受けるだけの人は必要ないです。」

 

フランスで強硬の主張が広がっている現状について、今回、是非話を聞きたい人がいた。ノーベル文学賞作家のル・クレジオさんである。移民は難民を描いた作品も数多く発表し、社会のあり方について問いかけている。フランスだけでなく、ヨーロッパ全体で移民受入に反対の運動が見られる現象について、彼は「ヨーロッパにとっては“危険な動き”といえるだろう。国境を封鎖してもテロの解決方法にはならない。テロを起こすかもしれない人物は国境の内側にいるのだから。テロの実行犯は私たちの社会が生んだ若者の一部だった。しかし、人生に何の目標もなく道を見失ってしまったのだ。」

若者たちは、なぜ生まれ育った社会でテロを引き起こすのか。フランスのの隣、ベルギーのブリュッセルの一角にあるモレンべーク地区でその答えを得ることができた。スカーフを巻いた女性も多くて、ヨーロッパというよりも、アラブの街という雰囲気である。この地区ではおよそ10万人が暮らしているが、半数が北アフリカなどからの移民やその子孫で、多くがイスラム教徒である。この地区からシリアやイラクに渡った若者は、少なくとも30人はいるそうである。息子が過激派組織IS=イスラミックステートに加わったというジエラディンさんに話を聞くことができた。息子のアニスさんは父親がモロッコ出身でアニスさんもイスラム教を信じていたが、2年前突然「シリアに向かう」と言い出したのである。アニスさんは「なぜどの国もシリアのために動かないのか理解できない。もし誰も動かないなら、僕たち若いイスラム教徒が行動し助けなければ」と。アニスさんはベルギーにいたときは、移民の息子だという理由から就職できなかったという。

 

なぜアニスさんはISに加わってしまったのか。母のジェラディンさんは息子のある言葉が忘れられないと言う。「僕はベルギーにいればモロッコ人と見なされ、モロッコにいればベルギー人と見なされる。僕は誰?居場所はどこ?」嘆いたいた。「ISには居場所があり、自分の価値を認めてくれる。建国のために参加する」と言っていた。

 

解決の鍵は教育“若者に希望を”社会に居場所を見つけられずテロに走る若者たちの現状、その解決策はあるのか。ノーベル賞作家のル・クレジオさんにきいた。テロリストになるような若者たちは、社会に居場所がないと言われているがの質問に「彼らの一番の問題は、職に就けるかではなく、“アイデンティティーを持てるか”だ。鍵となるのは“教育”だ。孤立している人たちに適切な教育をすれば、アイデンティティーを持ってもらうことができる。彼らが人生に希望を持てるようにしなければならない。さもないと再び殺人者が生まれ、問題を起こすことになるだろう」

 

テロとどう向き合うか。若者をテロから遠ざけるためには教育が重要だということである。ル・クレジオさんのいう“教育”というのは広い意味で話していたとおもうが、実際に私たちが取材をしたブリュッセルでは一つの取り組みが行われている。『ジハード』というタイトルの演劇であるが、宗教的な理想を求めてシリアに渡った若者が戦闘で友人をなくして、苦悩する姿を生生しく描いているのである。そうすることで、若者がISに加わるのを防ごうという狙いである。

 

ISへの対策というと、空爆だとか、警備を強化するだとか、そうした面がどうしても目立つんですけれども、根本的な解決を目指すためには、社会での差別や格差に苦しんで不満や疎外感を強めている若者たちに目を向ける必要があるということだと思う。ところが今のヨーロッパを見ると、相次ぐテロや難民の流入をきっかけに、多様な文化に対する寛容な姿勢が失われていっているのではと懸念する。“移民社会”という異質なものを排除しようという動きが強まっているように感じる。ノーベル賞作家のルさんもそこに警鐘を鳴らしていると思う。同時に、そうした視点は格差や社会の分断について考えていく上で、私たちも大いに参考にすべきではないかと感じている。