kim-yh’s diary(学問のふくろう)

研究や、日々の思考を文字化しています。

中国語随想:「遗臭万年」から歴史問題への向き合い方を比較してみる

遗臭万年:死后留下的恶名。死后恶名一直流传,永远被人唾骂。の意味である。

国史の中で「民族英雄」、「忠義之臣」、「救国英雄」として最も尊敬される人物が南宋岳飛である。それに比べて秦檜は岳飛を謀殺・平民へ落とすなどし、金との講和を進め和議を結ぶなどして、売国奴の代名詞として蔑まれた。

さて、当時秦檜の考えていた和平が間違っていたかどうかは別として、視点を変えて考えてみれば、もしかしたら「偏狭」な愛国心ともとらえる岳飛の主張通り、金との全面戦争になれば、南宋の滅亡はもっと早かったことになったこともあり得る。結局は金も南宋も異民族であったモンゴル(元)に滅ぼされてしまうが、結果はそうだとしても、岳飛がもし内部闘争で勝ったら、それでも歴史の流れは変わっていたかもしれない。

ここでは当時の政治についての評価よりも、岳飛と秦檜への評価にある。岳飛廟の前に跪いている秦檜夫婦像に訪れた人々が奸臣と唾を吐きかける習慣が最近まであり、人の死後にまで罰をあたえようとする中国人の考えは、「死ねば罪は消えてなくなり、皆仏になる」と考える日本人とは随分異なることが分かる。不祥事を起こした政治家や芸能人もそのポストや役をやめることで「容赦」とういか、「償い」できたという考えがどうも日本人の中にはあるらしい。靖国神社への参拝への意見が国ごとに分かれるのもこの発想から考えてみれば理解しやすい。

中国や韓国は歴史問題をとやかく言っているが、良い、悪いという問題ではなくこうして視点を変えて、宗教感、文化の違いから考えれば、相互の国民の感情が理解しやすくなり、お互いの摩擦も少なくなってき、疎通がより円滑になってくるのではと考える。「死ねば罪は消える」という考えは日本特有の考え方かもしれない。

 

 

 

中国語随想:日常生活と関連深い朱子学

先代の知恵は今を生きる私達に進む道に躓くたびに一筋の光のようにいろいろな角度から導いてくれたりする。「哲学をやれ」とよく学生にも伝えているが、それほど、人間の本質を探究することは、今を生きる私達にとって大切なことである。

引きこもり問題や、なかなか時間の約束に間に合わせることができなく、不登校になったりする子達がいるとする。彼らの心理状態を見てみると、短編的かもしれないが、「時間が近づくにつれて、だんだん嫌になる、鬱になってしかたがない、面倒くさく感じる…何気ないときにも無意識に気にかけてしまう、予定があると常にストレスを感じてしまう…嫌過ぎて何かと理由をつけてドタキャンしたくなる、いろいろ考えすぎてしまい、楽しさよりも不安、面倒のほうが大きくなってしまう」…しかし、当日に実際遊んでみると普通に楽しいし、今までの鬱は何だったんだろうなと不思議なほど一気に解放される... こういう状態を毎回繰返すのであるゆえに、毎日の登校や通勤となるとものすごい圧力となってそのストレスから抜け出せず、つぶれてしまい、不登校になってしまうのだ。

そういうときに、役に立つのが朱子学の精神である。我々の祖先は、多分自分達の子孫が意外なところで自分達の教えより救われているとは思わなかっただろう。

さあ、そもそも朱子学とは何なのか?

儒教の思想を基にした、実践を伴なうという考えである。朱熹の理論では宇宙は「原理」と「運動」の二つから成り、原理のことを「理」、運動のことを「気」と称した。人間の本性は「理」か「気」なのか?自然科学的な視点から、宇宙は「理」、気は「心」と解釈したのである。心は常に変わりつつあるので、本性である「理」を常に確認しなければならない。その反対の主張をしたのが陸である。

宗教も同じであるが、祖先の知恵を自分なりに解釈して我々の生活に融合させ、生きる羅針盤にしていくのは心の養食でもある。

やりたいことがみつからないと立ち尽くしたり、やりたいことしかやりたくないと狭い了見は捨てて、とりあえず目の前のやるべきことに正面から向き合ってみる。気持ちが楽になるのをきっと感じるだろう。これが朱子学の日常化との接木であるのだ。

研究者としての姿勢

NHKの深夜番組で文化人類学者との対談を見て、改めて自分の研究分野、そして今後この分野を歩む上で貫くべく心構えについて考えてみた。

・一鼓作气,再而衰,三而竭!集中して一気にやる習慣を身につける。

・有る諸相において現実を、一つの点だけに焦点を当ててアピールするよりは、線全体をみて、何故そうなったかも含めて森を見る必要がある。構想段階では、森を、各段階では木を…また森に…

・現代の移動を研究するためには、過去を知らなければならない。

・現代人を理解するには、過去の人を理解しなければならない。

・人間の研究をしたい。

・ルーツを辿るのは大変重要な作業である。自己肯定につながる人間がどう生きていくかにつながる作業でもある。

・理屈ばかり追究する研究は面白くない。

・面白く、共感できる研究を目指そう。

・社会の課題について解明しようとするときには、心のこもった研究を心がけよう。

・使い捨ての研究はやめよう。本質への追究ができるかどうかのことである。

・文章にも感情があることに気づいた。

・古い人類を理解すれば、現代の人が理解できる。

・魂の深層心理を、人間の本質を追究する。

・目に見えることばかり追究せず、分からなくても、見えなくてもいいので感じろ!

・自分の中に枠を作らない。境界線を作らないことが大事である。これが真の「多文化共生社会」であり、この次人類が追求すべき理想の社会ではないか。

・まずは十分感じて、後で理論で固定化する。

・共鳴を引き起こす研究をしよう。

・目的のために行動するのはやめよう。まずは感じ取ることから。

・人間を明らかにしていく。

・・今のところ自分自身の中で定義をつけているのはこの程度である。今後、思い出すたびに足していく。

留学生と渡日生の違い

多文化共生、そして高校進学特別枠について

     by 橋本先生 大阪府立八尾北高等学校教員

 

「中国にルーツをもっている児童生徒の高校進学と進路調査」の一つとして、大阪府立八尾北高校にお世話になっている。本日、窓口である橋本先生に大学にお越しいただき、講演を聞かせていただいた。

 帰国生や、渡日生(外国にルーツをもつ児童生徒)の受入は日本全国において「東の神奈川、西の大阪」と評価されるほど、大阪府立高校の受入は充実している。いわゆるニューカマーの生徒の高校進学率は大阪の場合90%前後である。ちなみに、日本人の生徒の場合日本全国で高校進学率は98%~99%、ほぼ100%である。それに比べて日本全国で外国人児童生徒の高校進学率は40%~70%にとどまっている。大阪府の外国人生徒の高校進学率が高い原因は「外国人生徒入試」という特別枠を設けているからである。小学校4年生以降に来日した外国にルーツを持っている生徒ならこの特別枠で大阪府に設けてある8校の「特別枠」応募することができる。

  渡日生と外国人留学生の違いはなにか。年齢とか、背景などの違いもあるが、一番大きな違いは「気持ちの問題」である。留学生は自分のアイデンティティを持って、自らの意志で、日本での勉強を目的に来日しているが、渡日生は「親の都合」でなんとなく来日するケースが多い。すなわち、心の準備がまだできていないまま、もしくは来日が彼らにとってどういうことを意味しているかもあまり深く考えずになんとなく来て、いきなり異文化の中にぽつんと投げ出されているのと同じである。

 大阪に来ている中国人の生徒の多くは、残留孤児の流れ、親の仕事の関係、国際結婚による呼び寄せによる。大阪府立八尾北高校の取り組みは主に「多文化共生部オアシス」が中心となって、日本語力を伸ばすことや母語保障、民族アイデンティティの確立のための部活などに力を入れている。無論抽出授業も行っている。これらの取り組みは神奈川県が先頭に立ってこれまでやってきたのを、大阪が参考にしてそのあとを追う形であるという。

 特別枠で入ってきた生徒を普通の生徒と比べてみて、一番大きな違いはやはり多様な家庭環境を持っているとのことである。日本の一般の生徒にはないような背景を持った生徒が多いことが特徴でもある。

  何故彼らを支援しなければならないのか。1996年放映された「小さな留学生」を見れば分かるが、困っている子達をそのまま放置せず、何らかの形で助けなければならない、初期段階でのケアは今後のそのこたちの長い人生につながる大事なことであり、視点を変えれば日本社会の将来の問題点を未然に防ぎ、「コスト削減」につながる重要な課題である。 

 日本を含め、アジアの国々はその歴史的な背景からも欧米諸国とは違って「多文化共生」に対する理解に乏しい。「多文化共生社会」と呼ぶにはまだまだはるかに遠い状況であるなか、大阪府がこれほど外国人生徒の受入を積極的に推進しているのもやはりかねてからの「人権教育」が背景にあったからこそ、短時間に地域社会や教員、保護者達の理解を得ることができたと考えられる。

 現代社会の課題を解決するためには、文化や歴史、地域特性など過去をさかのぼって分析する洞察力が必要だということを改めて感じた瞬間である。

 

 

 

田巻先生の科研Aの課題紹介:大阪調査

調査名:「中国にルーツを持つ若者の進路調査」

・目的:中国の若者の進路調査を通じて、高校進学の保障が、彼らの今後の大学
進学、人生のキャリア形成においてどれほど重要で、役に立つかを、「高校進学
した人」、「高校進学できなかった人」、「高校卒業した人」、「高校中退した
人」、「途中帰国した人」など、5つのパターンに分けて聞き取り調査を行い、
明らかにする。

・中国人生徒にとって、高校進学はなかなか難しいことで、特別枠があったから
こそ、その後の進路保障につながる根拠になるということを政策提言というか、
今後の社会制度の中でいかしていきたい。即ち、高校段階で苦労して、挫折
し、なかなかうまくいかない外国人の若者の進路に役に立つ研究成果をあげたい。

・まずは実態調査から

高校を晴れやかに卒業し、大学に進学し、グローバル人材として活躍する姿もいれば、なかなかうまく行かず、大変な思いをしている若者もいるはず。

一人一人の話をじっくり聞き、いくつかのパターンに分けて分析を行う。

特別枠があったからこそ、その生徒達の今があるということも含めて、大阪で
の事例調査が「特別枠、進路保障につながる」という根拠になれることを期待する。

お昼の雑念

人付き合いが難しいとことは日本に来て初めて分かりました。住めば住むほどお
っくうになってしまうところもありました。日本に来る前までは、人との付き合
いについて悩んだことが一回もありませんでした。よく娘とも、国の違いについ
て、そして、そこから来る国民性の形成について、昨年度から「議論」したりし
ています。何で日本という社会は人の元気をなくすのか?そして、一人で深く考
える時間を増やし、各分野の専門家?ノーベル賞をたくさん輩出するのか?等々。
元気な社会を創るためにはどうすれば良いのか。。。

これを克服すれば、多分日本に完全になじむだろうと思いました。哲学的な部分
に目覚めたのは、歳のせいか、住むところのせいか。。まあ、総合的な条件のせ
いかは分かりません。

心の「師匠」は、生涯に渡って必要な存在です。その存在がどういう立場の人になるかは分かりませんが、知識だけではなく、メンタルの師匠の存在は、怠惰や懈怠を悟らせてくれる存在は生涯必要かなと思っている今日この頃です。くだらない話ですが、生きていくうえでは永遠に必要なテーマでもありますので、
書いてみました。

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私の研究分野

研究者を目指してからよくいろんな場面で自分の研究分野を問われたり、明記しなければならない時がある。研究費獲得や、公募への応募のたびに、あまりにも幅と可能性の範囲が広くて、自分の本当の研究分野って何だろうと自問自答したりすることもある。ということで、本日は今後のことも踏まえてそれを整理したおくことにする。

博士号:国際学(国際社会学→国際移住社会学

現在のテーマ:「中国朝鮮族の移動と子どもの教育」

【関連分野】今後制覇していく分野

■系:人文社会系

 ○ 分科:社会学、地域研究、文化人類学言語学

  ・細目:*移住社会学(家族、移動、エスニシティトランスナショナルディアスポラ、移民二世、外国人、多文化、異文化、アイデンティティ、政策)

  ・細目:地域研究(東アジア、旧満州

  ・細目:社会人類学(民族・民俗、移動・越境、マイノリティー)

  ・細目:(日本語教育、中国語教育、バイリンガル教育、母語教育)

【必要な資格】専門社会調査士、日本語教育能力検定、英語

【研究対象者】

朝鮮族少数民族、ホスト社会の外国人、脱北者、華僑・華人、残留孤児、在外コリアン

 

これらを網羅し、今後放射線のように研究を進めていく。かつてから自分が興味を持ち続けてきた分野だし、一つ一つ探求していくことを考えると身が震えるほどわくわくして、知的好奇心をもつことは未知の世界への旅につながると改めて感じている今日この頃である。現在のテーマを極めて、そこからさらに一つ一つ広げていきたいと考える。

 

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